所長のおつとめ[コラム01]
以下の内容は中島が過去に関わった実話ですが、関係者の個人情報が特定できないように配慮しながら原稿を作成しています。
第1回「ない、ない、ない」
「うちの息子、小指がないんですよ、左手の。今年41歳になります」
その日、私(中島)はあるボランティア団体のミーティングに外部協力者として参加した。終了後、そこで知り合ったMさん(60代後半の女性)に声をかけられた。
私は便利屋のような活動をしている。人々の悩みごとや困りごとを聞き、その解決・改善のために、可能な限り協力する。それを知ったMさんは、私に何かを期待して声をかけたようだ。
私もMさんもこれから電車を利用する。その団体の事務所から最寄り駅までの道を並んで歩いた。
「息子さん、左手の小指がないということは・・・」
私はそこで言葉を止めた。
「違うんです。息子は20代のときに工場で働いていまして、木材を切る機械で、誤って小指を切り落としてしまいましてね」
「そうでしたか。大変なお怪我でしたね」
「生活に不自由はありませんが、小指がないと、暴力団の関係者ではないかと誤解する人もいますでしょう?」
「私も先ほど誤解しました」
「息子が結婚できないのは、やっぱりそのせいだと思うんです」
「小指がないから息子さんは結婚できない、という意味ですか?」
「そうです」
まもなく駅に到着する。Mさんが早口になる。
「以前テレビで見ましたが、本物そっくりの指を作ってくれる会社がありますよね。中島さんなら、そういう情報にもお詳しいかと思いまして」
「義手ですね。いや指の場合は義指か。私もテレビで見た記憶があります。その程度の知識です。息子さんに小指を作ってあげたい、という話でしょうか?」
「ええ」
「息子さんが義指を望んでいるのですね」
「いえ。息子は『必要ない』と言うかもしれません。前にもそう言っていましたから。でも、だからあの子の人生がうまくいかないんです。41歳になっても定職に就けず、ずっとうちにいるのですから」
Mさんは一瞬感情的になったが、すぐに落ち着いて話を続ける。
「小指を作るのにどのくらいお金がかかるのでしょうね。インターネットで調べればわかるのでしょうけど、私はそういうのが苦手で。スマホも、電話として使うだけなんです」
駅に到着した。改札の前で立ち話をする形になった。
「調べてみましょうか」
私は自分のスマホで検索する。義指を製作している会社の情報がいくつか出てきた。本物そっくりの義指の画像が表示される。「これですよね」と言いながらMさんにそれを見せた。
「そうです、これです。やはり10万円以上するのですね。問い合わせ先をメモさせてください」
Mさんは、持っていたハンドバッグから手帳を取り出そうとしたが、その手を止めた。
「中島さん、お時間は大丈夫? そこのお店でコーヒーでもいかがですか。テーブルの上でメモさせていただきたいので」
駅前にはコーヒーショップがあり、空席がある様子を店外から確認することができた。入店すると、カウンターでMさんがコーヒーを2つ注文する。財布を出した私を強く制止し、その代金を支払ってくれた。
テーブルにつくと、Mさんは私のスマホを見ながら、義指を製作している会社の情報をメモした。
「帰ったら息子にこの件を話してみます。助かりました。ありがとうございます」
「息子さんが興味を持ってくれるといいですね」
そこで私は、ついでに次の言葉も言ってみたくなった。
「ところで、今日お聞きしたお話の中に、なんとなく引っかかっている言葉があるのですが」
「なんでしょうか?」
「先ほどおっしゃっていた、息子さんに対する言葉です。『結婚できない』『定職に就けない』『あの子の人生がうまくいかない』、あと『小指がない』も。『ない』ばかりですよね、たまたまその表現が重なってしまったのかもしれませんが」
私は言葉を続ける。
「そんなにも『ない』という表現を強調されると、逆に息子さんにあるもの、息子さんだけが持っているものを知りたいな、と思ってしまいました」
Mさんは黙ってしまった。予想外の言葉を聞かされて戸惑っているようだ。
「いま言ったことは私の感想です。抽象的な話ですが、なんとなくそう思ったので、それをそのまま言ってみました。聞き流してもらってかまいません」
私は自分の名刺をMさんに渡した。携帯番号を交換した。
翌日、Mさんから電話が入った。
「昨日、中島さんと別れてからずっと考えていました。確かに私は、息子の『ない』ばかりに目を向けていましたね」
Mさんは話を続ける。
「昔、占い師に息子のことを何度か相談したことがあります。その占い師に『あなたはモノの見方が偏っている』と言われたことがありました。そのときはよくわからなかったのですが、昨日、中島さんに『ない』が多いと言われて、その意味がわかったような気がします」
「そうでしたか」
「義指の件は息子に話していません。もし息子が義指をつけて『小指がある』という状態になっても、私はまた別の『ない』を探し出して、満たされない気持ちになるのだろうな、と思いましたので。せっかくスマホで調べていただいたのに、すみません」
「かまいませんよ」
「『ある』に目を向けるべきですよね。例えば私には住むところがあって、生活に困らないお金があって、夫も息子も健康ですし、私もおかげさまで健康な体を持っています。身の回りの『ある』を数えていると不安が和らぐし、感謝の気持ちも湧いてきます。なぜこれまで『ない』にばかり目を向けて、わざわざ満たされない気持ちになっていたのでしょうね。いま参加しているボランティアも、無意識に、そういう否定的な気持ちをごまかすためにやっているのかもしれません。そんな自分の一面が見えてきました」
「何か大事なことに気づかれた。そんな感じでしょうか」
「はい。息子の件はしばらく黙っていることにします。もう41歳ですしね」
そこでMさんが改まった口調になる。
「あの、中島さん。さっき話したことですが、占い師に『あなたはモノの見方が偏っている』と言われたとき、実はとても不愉快でした。だからその占い師とは縁を切りましたが、私はあのときの怒りをずっと抱え続けていた、ということも今回わかりました。その占い師に対する当て付けとして、息子の『ない』に目を向け続けていた。そのような歪んだ気持ちもあったと思います。問題を抱えているのは息子ではなく、実は私ですよね」
「それは大発見ではないでしょうか」
「でも、それはそれとして、うちの息子に『あるもの』はなんでしょうね」
Mさんは電話の向こうで少し笑った様子だった。
「ない」にフォーカスしてしまうMさんのクセはどのように身に付いたものなのだろうか。それがMさんの、次の個人的テーマになるのかもしれない。私は専門家ではなく便利屋なので、それ以上のことを想像することはできない。
その後、私は日々の野暮用に追われ、Mさんが所属するボランティア団体とは疎遠になり、Mさんからの連絡もなくなった。もしMさんから連絡があればそれに応じるが、こちらから連絡することはない。
Mさんは息子の小指について話していたとき、義指の話題を出した。私は義手や義足の専門的なことはよくわからないが、素人の視点で語らせてもらう。
例えば子供の義足。身体の成長とともに、サイズが合わなくなった義足は不要になる。合わなくなった義足をいつまでもつけていると、様々な不具合や苦痛が生じるだろう。新たなサイズの義足が必要だ。
支援活動や対人援助活動も同じようなもので、私は相談者との関わりの中で、その人の心や考え方の成長を感じ取ったら、そこでさっさと引き下がる。その相談者には新しいサイズの義足が必要なったのだ、と判断する。そのタイミングに気づかず、いつまでも相談者に関わり続ける態度は、それは「相談者に寄り添う」ではなく「相談者に寄り掛かる」である。成長の足かせになってはならない。
私のパソコンの中にはMさんの言葉を記録したメモがずっと残っている。特に次の言葉が好きだ。
「身の回りの『ある』を数えていると不安が和らぐし、感謝の気持ちも湧いてきます」
(2022年2月 中島坊童)
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