所長のおつとめ[コラム02]

以下の内容は中島が過去に関わった実話ですが、関係者の個人情報が特定できないように配慮しながら原稿を作成しています。


第2回「『死んでほしい』という気持ち」

ある日の場面。相談者のAさん(50代の女性)は面談中に下を向き、頭頂部を私のほうに向けた。

「この部分を触ってみてください」

Aさんは人差し指で自分の頭のてっぺんをさした。私は手を伸ばしてその部分に触れる。髪に覆われた皮膚の下の頭蓋骨が少し凹んでいる。それは夫にビール瓶で殴られた跡だった。


別の日。相談者のBさん(20代の女性)は、面談中にシャツの袖をまくり、右腕の内側を見せてくれた。白い肌の真ん中に、まるで動物に噛まれたような形の傷跡があった。夫から暴力を受けているときに噛みつかれ、そこに夫の歯型が残ってしまったのだという。


別の日。相談者のCさん(40代の女性)は夫に横腹を蹴られ、肋骨にひびが入ってしまった。その治療のためにしばらく通院したが、医師に説明するときは「階段で転んで肋骨を打ってしまった」と嘘をついたという。


こんな現実を聞かされた日もある。相談者のDさん(50代の女性)は夫に顔面を殴られ、左目の視力が悪くなってしまった。Eさん(60代の女性)は、酒乱の夫に側頭部を蹴られ、左耳が難聴になってしまった・・・。


この5人の相談者は、DV(ドメステック・バイオレンス)の被害者である。その後、それぞれの努力や行動力によって最悪の状況から抜け出すことができたが、私が初めて相談を受けた時点では、経済的な事情や子供のことなど、全員が複雑な事情を抱え込んでいた。「離婚したいけれど、どうしてもできない」という状況だった。

そして全員が、夫のことを語りながら次第に感情的になり、その勢いで「夫に死んでほしい」「夫を殺したい」という意味の言葉を口にした。


以前、自殺防止活動を行うボランティア団体で相談員をしていたことがある。その現場では、相談者に対して「ここでは遠慮なく『死にたい』って言ってもいいんですよ」と助言することが許されていた。

最近の私は、その言葉を改変して「ここでは遠慮なく『殺したい』と言ってもいいんですよ」と伝えることも、たまにある。実にセンスの悪い改変だな、と思いながら。


前述した相談者のCさん(夫からの暴力で肋骨にひび)は言った。

「『殺したい』という言葉は、人間として絶対に口にしてはいけないと思っていました。言ってしまったら自分が罪悪感や自己嫌悪を持ってしまいそうだな、とも思って。でも声に出して言ってしまったら、意外にも気持ちを整理することができた。自分の本心に気づき、それを実感することができました。夫との今後についてはまだはっきりと決められませんが、気持ちの問題とは別に、現実的な問題として、弁護士にも相談してみようと思います」

都内のデパートで行われている法律相談会を利用するそうである。Cさんは「殺したい」と思うだけのポジションから一歩前に進もうとしている。


ところで、私は相談者に付き添うことが好きだ。例えばここに書いたようなDV被害者に付き添って弁護士事務所を訪れる。希望があれば、警察署、福祉事務所、児童相談所、男女共同参画センター、病院などにも付き添う。いじめの問題で学校に行ったこともあった。

そして私は、相談者の「死にたい」「殺したい」という言葉や感情に付き合うことも好きだ。やり場のない気持ちの受け皿になりたいと思うし、怒りを吐き出すためのサンドバッグにしてもらってもかまわない。

別のコラムにも書いたが、私は「相談者に寄り添う」という思いや行動についてよく考える。「付き添う」や「付き合う」は、その「寄り添う」の具体的な形のひとつになるのではないだろうか、と思う日もある。


さて、前述した相談者のAさん(夫にビール瓶で殴られた)は宮城県に住んでいるが、後日、相談のお礼としてお菓子を送ってくれた。添えられていた手紙には「離婚して自分の人生を取り戻すことにしました」と書かれている。

送ってくれたお菓子は宮城県大崎市の名物「パパ好み」だった。あられ、ピーナッツ、小エビなどを混ぜ合わせた、おつまみ系の商品である。Aさんとの雑談の中で、「昔、大崎市に行ったときに買った『パパ好み』が美味しかった」と私が言ったことをおぼえていてくれたのだ。

「パパ好み」というユニークな商品名。ウィキペディアによると、「お父さんのビールのおつまみに合うものとして命名した」とのこと。

夫にビール瓶で殴られた女性から届いた「パパ好み」。Aさんが「パパ」に苦しめられたことを考えると、わざわざこの商品を選ばなくてもいいのに、と複雑な気持ちになったが、それは私の勝手な曲解であり、Aさんにも「パパ好み」にもまったく罪はない。

Aさんの手紙には「離婚して自分の人生を取り戻すことにしました」と書かれていた。「自分の人生」という言葉を「自分好みの人生」に置き換えてもいいと思う。

(2022年2月 中島坊童)


【追記】2024年6月、池袋にある宮城ふるさとプラザ(宮城県のアンテナショップ)で「パパ好み」を見つけて購入。下記はその画像。食べ始めると止まらなくなる。

中島坊童事務所|探偵業|取材・執筆|新宿・仙台

中島坊童(ナカジマ ボウドウ)の個人事務所です。個人で活動しているレベルの探偵事務所です。探偵業届け出済み。 当事務所は「心の未解決事件を探る」をテーマに独自の対人援助活動も行っています。相談支援活動、社会的弱者や困窮者の支援活動など。取材・執筆という形でその現場に関わることもあります。 中島は過去に「大動脈解離」という病気を経験しました。この疾患に関する話題や情報も発信しています。